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『源氏物語』を読み始める [本]

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今日は朝から良いお天気でした。

土曜日ですが、休診ではないので外来の患者さんが朝からたくさんいます。


空気も澄んでいたので夜明けがきれいでした。


昨夜は久しぶりにカラーで鮮明な夢を見ました。

船で島に渡り青い空白い雲白い波濤白い砂などを X70 で撮りまくったのですが、途中で動作が不安定になります。

島の友人の家で大きな海老を撮ったり、何の意味があるのかわかりませんが外へ出たいという願望なのかもしれません。



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さて本は何冊か持ってきたのですが、読みやすいものを二冊読み終わり、ついでについ売店で買ってしまった文庫本を一冊読み、いよいよ予定していた『源氏物語』に取り組むことにしました。



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以前取り上げましたが、全三巻の予定の角田光代さんの新訳です。


本文の一部もその時リーフレットから引用してご紹介しましたが、今回は中に挟まれている月報からご紹介しましょう。



与謝野晶子、谷崎潤一郎に続いて円地文子が視力を失いかけてまで訳した執念の訳業と川端康成が取り組んでいると聞いた時のエピソード(「もし、それが完成したら、私は銀座通りを裸で逆立ちして歩いてやる。」)も紹介されていますが、瀬戸内さんもそのとき取り掛かっていたそうで、「恐ろしさに震え上った」と書いていますが、止めようとはしなかったとか。


日本文学全集04 月報 〔2017・9〕
源氏物語   上   角田光代・訳
源氏物語の現代語訳変遷
瀬戸内寂聴
(中略)
   日本語は二十年ですっかり変化する。日常の喋り言葉も、書かれた文章も命は二十年である。九十五年生きてしまった私の実感である。私の「源氏」が世に出てから早くも二十年が過ぎた。今、当代一の小説作りの名手の角田光代さんが、新しく源氏物語の訳業をなしとげられた。現代の若い人たちが、こぞって最も新しく自分の話し言葉に近い源氏物語を堪能することだろう。時代はそうして変化し進んでゆく。変らないのは、紫式部の書き残した源氏物語の愛の本質だけであろう。


「空蝉」の途中まで読みましたが、いやはや興味深いです。

この道は昔も今も変わりません。

光源氏たちがどのような女が理想かと噂する件りなど、真理ではないでしょうか?


原文を読みこなす力はありませんが、かなり平易な現代語になっていて話者が誰であるかわかりづらい箇所は文体を変えるなど工夫が凝らされていて読みやすい文章ですが、それでも和歌の内容など意味が取れるところは解説のように書かれるとちょっと興醒めという点もないわけではありません。


いつか他の訳者のものも読んでみようかとは思うのですが、谷崎さんはあまり好きではないし与謝野晶子は苦労しそう。

瀬戸内さんは愛欲の色が濃くなっていそうでややためらいます。


川端さんが完成させていてくれたらと思うのですが、未完のものが読めるなら読んでみたいですね。

 

 
 
 


 

お医者さんの本などを読む:入院一日目 [本]

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春に見た光景を晩秋の今また見ています。

前回は5階、今回は4階です。

向こうに見える建物は看護学校らしいです。


画像のサイズが少し大きいのではみ出すかもしれません。



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紅葉は少ないですね。



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今回は緊急入院ではないので準備は余裕を持ってできました。

前回必要だと思ったものも新たに用意しました。

ここに写っているのは10倍の拡大鏡です。

ヒゲや眉などのチェックやお手入れに重宝します。

家では5倍のものを使っていますが、10倍のはどうかと思って買ってみましたが、周辺部はともかくまあまあ使えます。



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たまたまですが手塚さんの『ブラック・ジャック』の一冊を  Amazon の Kindle版で買ってみました。

連載をリアルタイムで読んだ世代ではないのですが、何かで読んだ一つのストーリーが強く記憶に残っています。



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雪で電車が止まって、ようやくたどり着いた民宿のおばあさんは「今日は息子たちが帰ってくるので泊められない」と言うのですが、なんとか泊めてもらえることになります。
凝ったストーリーではないのですが、なんだか他人の事ではないように思えて仕方なく、年を取ったせいもあるのかこれを読むといつも涙ぐんでしまいます。
還暦の人のイメージは私が子供の頃は確かにこんなお婆さんだったのですが、今では六十歳の人はもっと若いはずと思えてしまうのが自分でも妙な感じです。
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以前この獣医さんの本の単行本を取り上げたことがありますが、最初に読んだのはこの集英社文庫でした。
以前の記事でも触れましたが、たくさん出ているこの作者のシリーズの中で池澤夏樹さんが訳されているのはこれ一冊だけです。
一人称を「僕」としているのも多分これだけです。
この本の冒頭に引用されている詩は賛美歌の一節で、作者の Cecil Frances Alexander は賛美歌を多数作っているようです。
原題もこの詩の二行目から採られています。
All Things Bright and Beautiful

      

※All things bright and beautiful,

    All creatures great and small,

    All things wise and wonderful,

    The Lord God made them all. ※

 

    Each little flower that opens,

    Each little bird that sings,

    He made their glowing colours,

    He made their tiny wings.

※Refrain

 

    The purple-headed mountain,

    The river running by ,

    The sunset and the morning,

    That brightens up the sky;

 

    The cold wind in the winter,

    The pleasant summer sun,

    The ripe fruits in the garden,

    He made them every one;

※Refrain

 

    He gave us eyes to see them,

    And lips that we might tell

    How great is God Almighty,

    Who has made all things well.

※Refrain

 

明るく美しいものすべて
   大小あらゆる動物たち
見事なすばらしいものすべて
    どれもこれも神様が作られた
(池澤夏樹 訳)
心静かに、この大好きな一冊を読み返すことにしましょう。
明日は昼過ぎから手術です。
終わるまで昼食はお預けです。
前回より時間はかからない予定で、退院も早いはずです。
看護師さんたちの言うことを守って養生に努めます。
 
 
 


 

「山本直純と小澤征爾」 [本]

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小澤さんについて書かれた書籍はいくつかありますが、小澤さんが「とてもかなわない」と評する山本直純さんについてはあまり書かれたものがありません。

この本の中に引用されている岩城宏之さんの著書でその姿が少し伺えるくらいです。

 

山本直純さんの一番有名な作品は「男はつらいよ」の音楽でしょう。

そのほかチョコレートの広告ではトレードマークとなった赤い上着で気球に乗って指揮をする姿が記憶に残ります。

そして、私も視ていた TV番組「オーケストラがやって来た」。

ランパルの演奏、ベートーヴェンの五番の解説など印象に残る場面がいくつもあります。

 

本人が書いた本を以前読みましたが、今は番組から選んだ DVD も発売されています。

 

オーケストラがやって来たが帰って来た!

オーケストラがやって来たが帰って来た!

  • 作者: 山本 直純
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2014/09/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

オーケストラがやって来た DVD-BOX

オーケストラがやって来た DVD-BOX

  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • メディア: DVD

この本によれば山本直純さん(いかこの本に倣って 山本さん でなく 直純さん と表記します)はメディアの仕事が増えてそのイメージが定着してしまったので不当に低く評価されたとのことですが、恩師の制止を振り切って海外に飛び出した小澤さんはやがてバーンスタインに伴われて凱旋帰国します。

 

直純さんは小澤さんに「お前は頂点をめざせ。俺は底辺を広げる」という意味の言葉を贈ったそうです。

「お前のオーケストラを作って待っている」と。

日本フィルハーモニー管弦楽団とその解散、新日本フィルハーモニー管弦楽団の結成などの経緯も述べられています。



岩城さんの著書では直純さんについて音感は抜群に良いが正しい音程で歌う能力は備わっていない(いわゆる音痴)、というような記述があったように記憶しているのですが、今回読んだこの本によればそうではなかったどころか声は良い声とは言えなかったものの正しい音程で歌えたようです。


第一章 齋藤秀雄指揮教室(1932~1958)

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 ピアノの前に座った渡邉は、「いま叩く和音の中の、上から三番目の音の、五度下の音を声に出してごらん」と言った。和音どころではなく、指十本の全部を使った滅茶苦茶な不協和音だ。すると直純は即座に「アーッ」とダミ声をあげた。岩城は「聞いているぼくにはまったくわからない。どうせデタラメに怒鳴っているのだろう」と思った。だが渡邉が指定した音のキーを叩くと、ダミ声と同じ音だった。多分マグレだと思った渡邉は、「もう一度やってみようね」と言って違う不協和音を叩き、「今度は、下から二番目の音の六度上を歌ってごらん」「イーッ」今度も合っていた。

 全くできなかった(が合格した)岩城は、完全に呆れ返った。

「こんなことをできるやつは、日本に何人といないだろう。完全無欠な絶対音感教育の、しかももともと天才的な感覚を持っている人間でなければありえない。テストをする先生自身、絶対にできないに決まっている。これは断言できる」

 

 

その頭脳についても例えばベートーヴェンの交響曲全部を暗譜しているとあるのですが、それは単に指揮ができるというだけではなくて、全部を一から書くことができるという意味ですからこれは大変なことです。

 



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山本直純と小澤征爾 (朝日新書)

山本直純と小澤征爾 (朝日新書)

  • 作者: 柴田克彦
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2017/09/13
  • メディア: 新書

晩年は直純さんの生き方に若い人たちがついて行けず不遇であったようですが、TV番組で見せた膨大な知識と才能がなければ不可能なあの名編曲ができるような稀有な才能を持つ人でありながら評価が伴わないのは世間がそのすごさに気づくことができなかった、純クラシック畑の人たちが低いものと見下していた、そのような “運命” だったのかと残艶な思いでいっぱいになります。

 
直純さんの旧著も古本で手に入るようですので、読んでみようかと思います。
 
 
 


 

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「ジュリアードの青春」 [本]

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このところ読むのは音楽関係の本が多いです。

こちらは先日図書館に立ち寄った時に借りた本ですが、ロングセラーで新版も出ているようです。

 

 

まだ読んでいる途中ですが、内容も興味深く、翻訳も良くて読みやすく、空き時間を有効に活用できています。




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著者は実際にジュリアードで学び、卒業後法律を学んだ後再度ジュリアードで学んだという経歴をお持ちで、弁護士としても活動されているようで描かれている内容は実にリアルです。

 

大人になりきれない学生やモンスターというほどではないけれどそれに近いような親たち、問題のある教師、高名で人望もある教師。

 

 

MIDORI(五嶋みどり)も登場しますし、多分ドロシー・ディレイであろうと思われる教師も登場します。

 

読み始めて思い浮かべるのは先日取り上げました「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」です。

読み比べてみると翻訳の出来が雲泥の差です。

調べてみると音楽関係のものを多く手がけていらっしゃいます。

訳語はほぼ適切、文章も破綻はありません。まあ、プロの翻訳家なら当然であるわけですが。

“ロングトーン” のこと言っているのだろうなと思える日本語があったりなど、ちょっと気になる箇所はありますが、問題にするほどではありません。

 

この本に描かれていることが音楽家の卵の全てというわけではもちろんありませんが、プロの音楽家(作曲家も含む)への道のりとはどういうものかということが少しはわかりますので、音楽が好きな方、できればその道を目指したかったと思っている方、今まさに目指そうとしている方、など全ての方にお勧めできる本です。

 

長らく読まれているだけのことはあります。

 

  
ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち

ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち

  • 作者: ジュディス コーガン
  • 出版社/メーカー: 新宿書房
  • 発売日: 1990/08/01
  • メディア: 単行本
ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち (SS海外ノンフィクション (04))

ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち (SS海外ノンフィクション (04))

  • 作者: ジュディス コーガン
  • 出版社/メーカー: 新宿書房
  • 発売日: 1998/10/01
  • メディア: 単行本
ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち

ジュリアードの青春―音楽に賭ける若者たち

  • 作者: ジュディス コーガン
  • 出版社/メーカー: 新宿書房
  • 発売日: 2006/03/01
  • メディア: 単行本
 
 


 

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R. Maunder:Mozart's Requiem On Preparing a New Edition [本]

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モーンダー版のスコアはまだ手元にはないのですが、R. Maunder の本があったので取り寄せてみました。




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古本なのでちょっと傷みがああります。

 



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モーンダーによる補筆完成版が発表されたのが 1983年、この本の出版が 1988年です。

モーンダーは 1961年に発見されたスケッチを元にしているようですが、バイヤーが 1971年に発表した補筆完成版ではそれは採用されていないようです。




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出版社はスコアの出版元と同じです。




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少しづつ読んでみようと思います。

 

モーンダー版の録音はホグウッドが手に入りやすいようです。

どうしてもジュスマイヤー版と比べてしまいますが、録音も改めて聴いてみましょう。

 

 
モーツァルト:レクイエム(モーンダー版)

モーツァルト:レクイエム(モーンダー版)

  • アーティスト: モーツァルト,ホグウッド(クリストファー),エンシェント室内管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/09/17
  • メディア: CD
 

 

 

 

 

 

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内容は良いが翻訳がひどい [本]

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モーツァルトのレクイエムは様々な補筆改訂版が作られるなど曲は随分深く研究されていますが、どうやってもモーツァルトが書いたであろう曲にはなりません。

断片が最後に発見されたのももう随分以前のことになりましたが、今後新しい発見があるのかどうかについては望みは薄いと思わなければなりません。

 

それどころか以前自筆譜の所有者が公開された時にあろうことかその一部が切り取られて盗まれてしまったことがあり、その部分は今でも行方不明のままです。

その部分には音符ではなくモーツァルトによる指示が書かれていて記録はされています。

以前取り上げましたファクシミリ版にもそのことは触れられています。




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この本はもう古本でしか手に入らないようですが、この曲の研究本らしいので注文してみました。

 

Amazon の唯一のレビューでは “内容は良いが翻訳がひどい” という意味のことが書かれていましたが、ほぼ読み終わった今では全く同感と言えます。




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以下は二件目のレビューとして投稿した内容とほぼ同じものです。

 

読み始めはそれほどひどいという印象はありませんでしたが、楽曲について述べられる P.22 "レクイエムの「未完」を定義する" 以降になると次第にそれが実感されるようになります。

まだ読んでいる途中ですが、あまりにもひどいので呆れを通り越して怒りをおぼえるほどです。

 

実際途中で読むのが嫌になりかけています。

 

先日読んだ「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」は人名や団体名、音楽用語の誤りがひどかったのですが、文章そのものは日本語としてこなれていな部分はあるものの読みづらいほどではありませんでした。

しかしこちらは日本語がひどく、意味が分からない箇所が多見されます。

 

具体例を少し挙げますと、

 「レクイエム」全体で一つの曲であるので一曲と勘定しますが、"レクイエム・エテルナ"、"キリエ" なども一つの曲であるのでそれら個々の曲に言及する場合は第1曲、第2曲などと表記するのが通例です。

しかしこの翻訳ではそれぞれを「セクション」と呼んでいます。

おそらく原書では section と書いてあるのでしょうが、この訳語が理解の邪魔をしています。

 

 合唱に対比して「オーケストラ伴奏部」という表現をしていますが、この曲において管弦楽は「伴奏」なのでしょうか?

 

 また、「楽器部」などの表記も多く使われていますが、こういう言い方は普通はしません。

例えば金管楽器群、金管セクション、第1ヴァイオリン、弦楽器群、といった具合です。

多分声楽パート以外の「管弦楽」部分のことを言っているのでしょう。

「第一バイオリン部」、「トランペット部」という表記もありますが、「部」は不要ですし、どうしても使いたいのであれば「パート」が適当でしょう。

 

 「スレッド」という言葉も音楽関連では初めて目にします。

おそらく一段の五線(バセットクラリネットやファゴットなどで二つのパートがある場合は楽器ごとに一段の五線に書かれる)のことをそう呼んでいるのでしょうが、違和感が大きいですね。

 

 スコアの各ページのことを「面」と数えていますが、そう言っても意味は通じますが「頁」を使う方がすんなりと理解できます。

 

「譜表紙」は「五線紙」のことしょう。

 

「楽譜」と「譜表」が混在しています。

譜面」という表記が使われている箇所があります。

 

「二つのファゴット」は普通は「二本のファゴット」で、その他も同様です。

ただし、'"一対のファゴット'" 等の表記を使っている箇所もあります。

「オーケストラ用バス」とあるのは「コントラバス」のことらしいですね。

 

意味が取れない文章、読みづらい文章の例を挙げます。

P.87 一行目下部

 力強い、効果的なセクションには、強力で、力強いオーケストラが必要だ。

"、" の使い方も良くないし、ここで言っているオーケストラとは何を意味しているのでしょう?

 

三行目

 モーツァルトはつぎのような方法で、十二の譜表紙に十五の楽器と声楽のための楽譜を書いていた。一つの譜表は一対のバセット・ホルンのために使われ、もう一つの譜表には一対のファゴットのために、三つ目の譜表には、一対のトランペットのために使われた。


曲そのものについて記述される部分になると少し違和感が薄れる印象がありますが、意味のわからない文章があまりにも多いです。

 

訳者がどのような方なのかはわかりませんが、音楽愛好家であって音楽学者ではないそうです。

翻訳についても専門家とは言えないのではないかと思います。

ともかく、このような文章を書籍という商品にしてしまったのは編集者と出版社の責任ですね。

 

内容については興味深い点が多く、いくつかの補筆完成版の成立経緯とポイントにも触れられているのはありがたいです。

 

巻末に以前出版されたことがあるという「物語」が収録されています。

その問題点にも触れられていますが、物語としてはこういうのもありかなとは思います。

 
 

音楽用語の適否は編集者の方にも判断できかねる部分があるのかもしれませんが、悪文といっても良い訳文のまずさを直さなかったのは編集者の責任でしょう。

 

内容は良いはずなので出版社には訳者を変えて新版として出して欲しいですが、それは多分無理でしょうから、他の出版社が出してくれることを望みます。

 

原書を読んでみようかなと思い始めています。
 
 
 
 


 

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「生きる」(谷川俊太郎)を読む [本]

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以前 NHK のドラマ「この声をきみに」に少し触れましたが、初回の放送で朗読されていた「生きる」が印象に残りました。

 

ずいぶん以前から小学校の教科書に載っていてこの詩にインスピレーションを得て新しい作品がたくさん作られたりしているようです。

 

生きるわたしたちの思い

生きるわたしたちの思い

  • 作者: 谷川俊太郎withfriends
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川マガジンズ
  • 発売日: 2008/07/30
  • メディア: 単行本

生きる わたしたちの思い第2章

生きる わたしたちの思い第2章

  • 作者: 谷川俊太郎withfriends
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川マガジンズ
  • 発売日: 2009/03/27
  • メディア: 単行本

私の時代にはこの詩は載っていませんでしたので新鮮な思いで聞きました。

 



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読んでみようと思い詩集を探しましたが、二冊目の谷川さん自選集だというこの文庫を買ってみました。



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しかし「生きる」は載っていましたが、同じタイトルの別の作品でした。

以前ご紹介しました「あなたはそこに」は収載されています。

 

「朝のリレー」もこの自選集には載っていません。

 

自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)

自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/01/16
  • メディア: 文庫

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あなたはそこに

あなたはそこに

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 単行本

以前取り上げましたこの作品が一番のお気に入りです。




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そういうこともあろうかと絵本も一緒に注文しました。

 

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生きる (日本傑作絵本シリーズ)

生きる (日本傑作絵本シリーズ)

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 2017/03/05
  • メディア: 単行本
生きる

生きる

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: ナナロク社
  • 発売日: 2008/03/15
  • メディア: 単行本

写真家との共著もあるようですが、品切れのようです。

あさ/朝

あさ/朝

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: アリス館
  • 発売日: 2004/07/01
  • メディア: 単行本

「朝のリレー」もそうした形式で出版されています。

秋ですから詩にも親しむことにしましょう。



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専門家のチェックが必要では?:"Mozart in the Jungle" [本]

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内幕ものはよくありますが、Amazon で表示されたこの本はオーボエ奏者からジャーナリストに転身した女性の話で、楽器を初めて手にするところからニューヨーク・フィルやオルフェウス室内管弦楽団のエキストラを経てジャーナリストに道を見出すまでを描いた作品で、原作は Amazon オリジナルで、それを元に Amazon Video が配信されています。

Amazon Video は視ていませんが、原作とは異なるものになっているようです。

 

Mozart in the Jungle: Sex, Drugs and Classical Music

Mozart in the Jungle: Sex, Drugs and Classical Music

  • 作者: Blair Tindall
  • 出版社/メーカー: Atlantic Books
  • 発売日: 2006/04/13
  • メディア: ペーパーバック
 

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日本語訳が上下二巻で出版されていますが、著者の私生活も綴られていて実在の人物も登場するのですが、私生活の内容についてはとやかく言うつもりはありませんが存命の人や既に亡くなった名の知られた人の関係者からクレームは来ないのだろうかと心配になる面はあります。

 

 

オーボエのリード作りの苦労なども綴られていてオーボエを吹く人にはより面白く読めるかもしれませんが、エキストラの仕事を得るためのあれこれなど、本当に実態はこうなのだろうかと思ってしまう面もあります。

 

なお、原書にある 第12章 神々の黄昏(Twelve Twilight of the Gods)

は日本版では省略されて、以降章の番号が一つづつずれています。

 

モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【上】~セックス、ドラッグ、クラシック~

モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【上】~セックス、ドラッグ、クラシック~

  • 作者: ブレア・ティンドール
  • 出版社/メーカー: ヤマハミュージックメディア
  • 発売日: 2016/11/21
  • メディア: 単行本

モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【下】~セックス、ドラッグ、クラシック~

モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【下】~セックス、ドラッグ、クラシック~

  • 作者: ブレア・ティンドール
  • 出版社/メーカー: ヤマハミュージックメディア
  • 発売日: 2016/11/21
  • メディア: 単行本

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オーケストラなどがエキストラを頼める演奏家も複数いてリストが作られていますが、それにも順位があるようです。

リストに加えられるかどうか、そしてその順位が何位であるかはいわゆるコネ次第というわけです。

 

コネは師弟関係だったり交友関係だったりです。

 

 

第5章 愛の妙薬

  P156 「ベッドをともにしてこそ真の共演者だ」

 

第10章 ウエストサイド・ストーリー

  P254 「私、ファーンと申します、オルフェウス室内管弦楽団の事務局の。次のツアーの件でお電話したんですけど?」

  P255  「で、クレアさん、どうですか?ほかの人にはもう全員声をかけたので、あなたがダメだとこちらも本当に困るんですけど?」

(管理者注:名前を間違えられている)

 

ピアノやヴァイオリンと違って管楽器はある程度年齢がいってから始めることが多いわけですが、強くオーボエを吹きたいと思ったわけでもなくいわばたまたま手にした楽器で世界有数のオーケストラで演奏するまでになる経緯はとても興味深いものがあります。

 

著者は幼少の頃からオーボエに憧れたというわけではなくて、簡単なテストで選ばれてアルファベット順にフルートなどから割り当てられたのですが、著者の順番になるとオーボエかファゴットしか残っていなく、あんなベッドの支柱みたいのは嫌だとしてオーボエを選びます。

 

 

第15章 乞食オペラ

  P128   実際、交響楽団でフルタイムの仕事をしていると、たいていの音楽家は日々の単調さに苦しむようになる。オーケストラの演奏者はまるで工場で働く労働者さながらに、何年も何年も同じような曲をくり返し演奏する。良いオーケストラに職を得たはいいが、そこからさらに成長しようにも、キャリアアップのチャンスはあまりに少ない。楽譜通りの完璧主義と不当な扱いとが音楽家たちをジワジワと擦り切らせていく。平日の夜と休日に仕事が入るため、一般の世界からも遠ざかるばかりだ。

 

才能と努力で音楽の専門教育を受けることができてプロの演奏家として立つことができても、例えばオーケストラの中で演奏するということは一人の演奏家という芸術家(artist)であるにもかかわらず指揮者の指示通りに演奏することが仕事であるいわば職人(artisan)にならなければならないことが大きなジレンマです。

 

 

アンコール 揚げひばり

  P307 今は音楽学校で教育を受けたプロの音楽家が、仕事を失って「アマチュア」となる時代だ。彼らの人生は一九五〇年代のアマチュア音楽家とは正反対と言えよう。趣味に関しては高い技術をもっているが、生計を立てられるような職業教育はいっさい受けていない──。大学で仕事につながる教育を受けながら余暇の時間に音楽を楽しむ代わりに、彼らは大学生活のすべてを費やして、趣味の場でしか役に立たない音楽の技能を磨いてきた。その結果、経済的に安定した仕事に就くことができず、結局音楽とは無関係な単純作業の仕事を点々とすることになるのだ。彼らの多くが備えているであろう、高度な知性や意欲を発揮できないままに。一方、真の意味でのアマチュア音楽家も消えつつある。なぜなら、地域のオーケストラや室内楽団はすでに音楽学校出身者がごろごろしており、素人である彼らには演奏のチャンスがほとんどないからだ。

 

私立の音大に行けばかなりお金がかかりますし、良い先生につくにもお金がかかります。

しかもそれに見合う収入は全く保証されてはいません。

医学部に進めるならその方が将来は明るいでしょう。

 

特に音楽の専門教育を受けて音楽の道で食べて行くということ、その困難さとオーケストラで演奏することの葛藤はこれから音楽の道に進もうとする人にもお勧めできる内容だと思います。

私生活は別にして。

 

また、アメリカの音楽学校では日本と違って一般教養は教えないようです。

そのため著者は数学の力が高校生以下であることを思い知って、ジャーナリストになるための学部の受験で大変苦労します。

最終的にはいくつかの大学から学費免除で合格通知をもらいますし、別のところでは文章を評価されるので言わば彼女がそうなってしまったのは専門教育の弊害かもしれません。

日本ではそれほどではないにしろ、専門以外では困った人であるという事例は珍しくありません。

 

 

第16章 不安の時代

  P151 私が二〇代前半の頃は、同年代の男性はずぼらなフリー生活の人が多かったし、一方オーケストラの同僚は大半がヨボヨボのお爺さんか、すでにフィアンセがいるかのどちらかだったのだ。三〇代になると、責任ある男性は家族を支えるために、真っ当なキャリアを求めてクラシック界を去ってしまう。そうなるとターゲットは業界外の男性になるわけだが、こうした人とは出会いの機会も少ないし、そもそも彼らは音楽家に対して妙なイメージを抱いていることが多い。外から見たら、クラシック音楽家は博学な超インテリであって、決して親しみを感じる対象ではないのだ。

「あーあ! 音楽家なんて、実態は学者ってよりブルーカラーの労働者なのにね」

(中略)

週に六日、しかも夜の時間に働いているため、「仕事帰りにデート」なんて不可能だ。たとえできたとしても、ディナー代やショーのチケット代に加えて『ミス・サイゴン』の仕事を休むことも考えると、コストは三〇〇ドルを優に超えてしまう。

 

「あーあ!」と言ったのは同じアパートに住むフルーティストのシドニー。

優秀で美人ですが、著者と同じ境遇です。

Powell の総銀を愛用していましたが、ある時著者と飲んでいる間に椅子にかけたフルート入りのバッグを盗まれてしまいます。

 

第21章 ミュージック・オブ・ハート

 P273   ニューヨークでの最後の夜、私は皮肉にもシティ・オペラで首席オーボエを務めることになった。演目はモーツァルトの『ドン・ジョバンニ』。ほとんど初見での演奏だった。というのも、ふだん首席を務めているランディ(彼は私のずっと昔の恋人だった)が急に体調を崩して、開演直前に私に代理を頼んできたのだ。オペラで演奏するのは初めてだったし、リハーサルにも参加できなかったため、私は恐ろしく緊張していた。ところが、この日のリードは今まででいちばんというくらい、ずば抜けてすばらしかった。自分のなかから音楽が自然に、そして表情豊かに流れ出てくるようだ。その音色に、木管パート全体が応える。それは、私の音楽人生を葬り去るのにふさわしい、情感に溢れた哀歌だった。

    公演終了後、ロッカールームにいた私のもとに、ひとりのヴァイオリニストが近づいて来た。「今日の君の演奏、すごく美しかったよ。僕がこれまでに聴いてきたなかでも最高の音楽だ」

    私は「ありがとう」とだけ答えて、オーボエケースを手にする。音楽家はちょっとした雑談の種に、お互いにお世辞を言い合うのが常だった。でもね、私は明日からあなたにとって何の意味もない存在になるのよ、そう言ってやりたい気分になる。だが、彼は立ち去ろうとしない。

「や、違うよ、本気でそう思ったんだ」

   彼は真剣な様子でさらに言い募った。

「こんなすごい演奏家がいるなんて・・・・・・なんで今まで君のことを知らなかったんだろう」

(中略)

五年前の私なら、きっと彼の褒め言葉に過剰反応して、たった一夜の演奏で自分の音楽キャリアが上向いた気になっていただろう。私でなくてシドニーだって、きっとそう考えたはずだ。でも、今の私にははっきりとわかる。今夜の演奏は、天から偶然降ってきた素敵な贈り物にすぎない。ごく稀にしか実をつけない木から、たまたま完璧な木の実がとれただけのことだ。

 

いくつものオーディションに落ち続ける著者ですが、ある演奏会では アンナ・モッフォ にとても良かったと褒められますし、初のリサイタルの評価もまずまずです。

 

上記のように心から良かったと言ってくれる音楽家もいるわけですしエキストラとはいえ有名オーケストラで演奏できるだけの才能はあるわけですから、運が良ければ今頃演奏家として名の知られた存在になっていたかもしれません。

 

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さて内容についてはそのくらいにして、読んでいて戸惑ってしまったのはヤマハミュージックメディアという音楽関連の出版社が出した本にしては一般的な用語でないものが使われていたり、音楽用語や人名の誤りがあまりにも多いことです。

 

訳語の不統一もありますので多分翻訳は複数の下訳を使っているのだろうと思われます。

また訳者紹介を読む限りでは訳者は音楽関係のものは訳した経験がないようです。

 

具体的に挙げます。

 

上巻 

  P71 ジュリアード四重奏楽団

    → ジュリアード弦楽四重奏団(Juilliard Quartet)

  P124 電気機具

     → 電気器具または家電品(appliances)

  P132 ジェームズ・ガルウェイ 

     → ジェームズ・ゴールウェイ(James Galway)

  P156, 203 楽譜スタンド    

     → 譜面台(music stand(s), stand(s))

       これ以外の箇所は「譜面台」と訳されています。

  P185 クルト・バイル    

     → クルト・ワイル または クルト・ヴァイル(Kurt Weill)

  P144ジョン・コリグリアーノ  

     → ジョン・コリリアーノ (John Corigliano) 

       これ以外の箇所(下巻二箇所)では正しく訳されています。

下巻

  P22 二箇所 腹飾り帯 

     → カマーバンド(cummerbund)

  P50, P96 聴衆席     

     → 誤りではないが 客席、聴衆の方が自然(auditorium, in the audience など)

15章 乞食オペラ(Beggar's Opera)

  これは誤りとは言い切れませんが、ジョン・ゲイの「乞食オペラ」をベルトルト・ブレヒトがドイツ語に訳したものにクルト・ワイルが音楽をつけた「三文オペラ」の方がよく知られています。

  ただ、「三文オペラ」はドイツ語で Die Dreigroschenoper, 英語で The threepenny opera ですので著者はオリジナル(曲は作者不明の歌が多く使われている)をイメージしたのかもしれません。

  しかし上巻でクルト・ワイルの名が出てくるので、「三文オペラ」の方ではないかと思ってしまいます。アメリカではそちらを意識するのかもしれません。

 

  P107 バリー・マニロフ 

     → バリー・マニロウ(Barry Manilow)

  P135 グリーク

     → グリーグ(Grieg)

  P203 楽器ホルダー 

     → フルートやクラリネットスタンドに備えられた、

      楽器を差し込んで立てるための突起(instrument pegs)。

     「スタンド」とした方が無難。

  P135, 上 P132 二箇所 コントラバスーン 

     → コントラファゴット 

     contrabassoon なのでコントラバスーンでも誤りではないが、

     コントラファゴットの方が一般的。

     上巻 P204 ではコントラファゴットと訳している。 

  P210 バルト 

     → バルテ(Adrien Barthe)

  P214 採用応募  

     → (団員)募集

  P236 サックスフォーン奏者 

     → サキソフォーン奏者またはサックス奏者(Saxophonist)

  P243 ニーゲル・ケネディ  

     → ナイジェル・ケネディ(Nigel Kennedy)

  P244 オフラ・ハーノイ  

     → オーフラ・ハーノイ(Ofra Harnoy)

  P298 ロリン・マゼール  

      → Lorin Maazel なので誤りではないが本来はマーゼルと発音するようで、

                   そう表記している場合もあるがロリン・マゼール OK。

  P298 リカルド・ムッティ 

     → リッカルド・ムーティ(Ricardo Muti)

       これは原文も誤りで、正しくは Riccardo Muti

  P299 「ビッグ・フォー」と言われる四つのオーケストラ

     → 五大オーケストラのうちの四つ(four of the "Big five”)

  P308 点々とする

     → 転々とする

 

日本語の訳文については可もなし不可もなしという感じで読みにくい文章ではありませんが、電子書籍のみで販売されている次の書籍の文章と比べると面白さという点で見劣りします。

 

「本物の男はリハーサルをしない 

~誰も笑ってはならぬ(演奏中は)~ 

 プロ・オーケストラの秘められた世界」

  ジャスティン・ロック著

 

著者はボストン・ポップスのコントラバス奏者でしたが、その後スコア・リーダーの仕事に就きます。

スコア・リーダーというのは TV 中継などで映像を切り替える指示を出す人のことで、例えばフルートのソロがある場合は適切なタイミングでフルート奏者を写すカメラの画像に切り替える指示を出します。

 

面白く読める本ですが、この中にも一箇所だけ惜しいミスがあります。

これは多分原書のミスでしょう。

 

フンメルの「トランペット協奏曲 ホ長調」に触れた箇所ですが、フンメルのこの曲は半音下げて演奏されることが通例だそうで、原調の楽譜と半音下げた楽譜がどちらも販売されています。

録音は圧倒的に半音下げたもの(変ホ長調、♭三つ。ホ長調は ♯四つ)が多いようですが、ウィントン・マルサリスは原調で録音しています。

一般的な inB♭ のトランペットで演奏すると原調では ♯六つになってしまいますが、半音下げると♭一つで済むからでしょう。

ならば inC の楽器で演奏すれば良いのにと思うのですが、音域の問題か何か理由があるのかもしれません。

 

その第二楽章(半音下げたもの)を 変ハ調 としていますが、 原調は イ短調 ですのでハ長調と同じく♯も♭もありません。ハ長調を半音下げたのが 変ハ長調 で、平行調は 変イ短調 です。

本文の中に、全部の音符に♭がついていてコントラバス八人のうち必ず一人は C と F をナチュラルにしてしまう間違いをする奏者がいると書いてありますので、この時使われた譜面は半音下げた版で、変イ短調 ですね。

 

ゴールウェイもちょっとだけ登場します。

 


2017.9.28 追記。
一部修正、加筆しました。

 

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黒柳さんは如何にしてパンダ好きとなりしか [本]

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休日に書店に寄って何冊か買ったのですが、たまたまですが赤ちゃんの名前発表の今日この本を読み始めて読み終わりました。

 

まだ日本でパンダが知られていない頃、子供の黒柳さんはパンダのぬいぐるみをお土産にもらって、とても気に入ります。

その頃はまだ本当にそういう動物がいるとは知らなかったそうですが、日本より早くアメリカには中国からパンダが贈られて大ブームになっていたそうで、ぬいぐるみもそんな中で作られたものだったようです。

 

上野動物園でパンダがガラス越しにすり寄ってきたという有名なエピソードが語られ、その写真も載っています。

中国の動物園でも同じようなことがあったとか、飼育員さんに案内されて裏口に行ったらパンダに頭を撫でられたとか、前世はパンダだったのではないかと思えるエピソードがたくさん綴られています。

 

 

岩合さんとの対談ですが、有名な授乳中のパンダの親子の写真を撮った時の苦労やその瞬間の様子を引き出すのは「徹子の部屋」を見ているかのようです。

 

母子の写真やそのほかのカラー写真、モノクロ写真、岩合さんのコメントもあって、パンダ好きにはたまらない内容です。

 

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以前新書で出されたものだそうですが、今年の春に文庫化されたようです。

 

 

以前掲載したパンダ(お父さんのリーリー。昨年10月10日撮影)を再掲します。

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今夜はパンダの夢でも見ましょうか。






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角田訳『源氏物語』 [本]

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先日書店に立ち寄りましたところ平積みになっていたこの本が目に入りました。

 

 

この文学全集は訳者の顔ぶれを見てもちょっと意外な取り合わせがありますが、面白そうでもありコアな読み手にとっては異論がありそうでもあります。

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与謝野訳や瀬戸内訳など多くの訳がありますが、今までは手に取る気が起きなくて敬遠していました。

 

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しかしこちらはパラパラとめくってみると確かに読みやすそうでした。

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香り袋付き、というのがユニークですね。

 

 

このシリーズの月報に瀬戸内さんのお名前もあるので、この新訳にも当然目を通していらっしゃるものと思います。

 

 

配布されていたパンフレットに本文の抜粋が載せられていますので、その中から一部引用します。

 

 光君がわらわ病を患ってしまった。あれこれと手を尽くしてまじないや加持をさせたものの、いっこうに効き目がない。何度も発作が起きるので、ある人が、

「北山の何々寺というところに、すぐれた修行者がおります」と言う。「去年の夏も病が世間に流行し、まじないが 効かず人々が手を焼いておりました時も、即座になおした例がたくさんございました。こじらせてしまいますとたいへんですから、早くお試しなさったほうがよろしいでしょう」

 それを聞いてその聖を呼び寄せるために使者を遣わした。ところが、

「年老いて腰も曲がってしまい、岩屋から出ることもままなりません」という返答である。

 

「仕方がない、内密で出かけることにしよう」と光君は言い、親しく支えている五人ばかりのお供を連れて、まだ夜の明けきらないうちに出発した。

 
※原文にはふりがなが多く振られています。
入院は11月の予定ですが、そのときにでも読もうと思います。


明日の朝は雨の予報ですが、雨でなかった場合もお墓に行くので朝の更新はお休みします。

 

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