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"Down by the Salley Gardens" [好きな歌]

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以前取り上げた事がありますが、その時購入した楽譜がこれです。

 

以前は伴奏をアレンジし直してオカリナで演奏したのですが、またやってみようかと考えています。

 

しかしその時の楽譜が見つからないのでまた新しく編曲しようかと思います。



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元はアイルランド民謡ですが、ノーベル賞作家の詩人イェイツ(イエーツ。William Butler Yeats.1865-1939) が収集して編集し、詩集 “The Wanderings of Oisin and Other Poems” (1889年)に収録されたそうです。



演奏は波多野睦美さんがお気に入りです。


詩を収めた素敵な絵本もあります。

 


どちらも日本語訳が収録されていますが、それぞれ異なります。


多分 CD は波多野さん、本は望月さんが訳しているのでしょう。


訳は波多野さんの方が気持に合います。


 



サリー・ガーデン―イギリスの愛の歌

サリー・ガーデン―イギリスの愛の歌

  • 作者: 望月 通陽
  • 出版社/メーカー: 偕成社
  • 発売日: 1994/12
  • メディア: 単行本


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楽譜は BOOSEY & HAWKES のもので、今でも Amazon で入手できます。

 

民謡なので著作権は気にする必要がなさそうなので今回ここに掲載します。

収録するものによって微妙に違いがありますが、楽譜のものを採用します。

 

 

当時のアイルランドでは有用な木である柳を植えた園を郊外に持つ事が一般的であったそうです。

柳は英語では普通 willow が使われるようですが、アイルランドの古い歌ということで salley が使われているようです。

 

英国出身のビートルズの「のっぽのサリー」(long tall Sally)、漫画「小さな恋のものがたり」のサリー、どちらも背が高いわけですが、柳だからでしょう。


 

Down by the Salley Gardens


 Down by the Salley Gardens

 my love and I did meet;

 She passed the Salley Gardens

 with little snow-white feet.

 She bid me take love easy,

 as the leaves grow on the tree;

 But I being young and foolish,
 with her would not agree. 

 

 In a field by a river

 my love and I did stand,

 And on my leaning shoulder

 She laid her snow-white hand,

 She bid me take life easy,

 As the grass grows on the weirs;

 But I was young and foolish,

 and now am full of tears.

 

転載する訳にはいきませんので、自分なりに訳してみます。

 

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down by the 〜
は道を下って◯◯に行く、というように訳しがちですが、「あそこの、」というように方向を提示してその後で具体的な場所を示すというようなニュアンスがあります。

garden
は "庭" とすると日本では一戸建ての庭をイメージしていますし、先に説明しましたように離れた場所にまとまって柳が植えられているスペースなので "園" でなければならないと思います。

下り坂の途中の庭、ではなくて先に説明しましたように郊外の柳を植えた一角を想定しますので、木の生い茂ったその中で恋人と会う、というシチュエーションが似合うと思います。

pass
は通り抜けた事を表しますので、恋人がその柳の園の向こうからやってくるようなイメージです。


field
は草原とは限りませんが、続くフレーズに草が茂るとありますので草原をイメージします。

前段の little snow-white feet と後段の snow-white hand が呼応しています。
hands でなく hand なので片方の手ですね。

後段は彼の "なで肩" に彼女が手を置くわけですが、柳(white willow)のような細くて白い)腕としてみました。
ここは少しニュアンスが変わってしまいました
          を生かしきれませんでした。
「肩に手を置く」より積極的なイメージになります。

※2016.9.17 追記(2)
訳を変更しました。
肩を引き寄せる とした箇所を少し元のイメージに近づけるように変更しました。


前段:But I being young and foolish,
後段:But I was young and foolish,
前段はその時に身を置いている現在形、後段は今過去を思い出しているので過去形なのですね。
youngfoolish が二回出てきますが、それぞれ 若くて愚か と訳す手もありますが、日本語は文字数が多いので前段の訳に "若い" 、後段の訳に "馬鹿" という言葉を使いました。
「馬鹿」より「愚か」の方が良いのですが、「若かった」「馬鹿だった」で少し韻を踏むようにしました。
「立つばかり」と「泣くばかり」も近い響きを選びました。

agree のイメージが生かしきれませんでした。
強く拒否もできず、さりとてその言葉には従えないという心情を「立つばかり」としました。
だめ押しのように「柳」を使いました。
前回の変更と合わせて
 柳の園
 川のそばの field 
という場所の違いが一層明確になったと思います。


weirs 
は井堰(川の流れをせき止めたところ)ですが、これは多分前段と合わせて選んでいるためで、せき止めた場所以外の川の周囲にも草は生えるでしょうから、水辺としました。
梢と韻を踏めれば良いですし、梢以外の言葉もありそうですが、ひとまずこれで。
※2016.9.17 追記
訳を変更しました。
the tree とあるので柳にしました。
"茂る" と "繁る" を使い分けてみました。


男が若くてウブだった昔を回想して、恋人の誘いに乗れなかったことを悔やんでいる内容です。
恋人は去ってしまったのでしょう。


なんだか心に響くのです。





PRIUS で聴く音楽 [好きな歌]

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燃費は引き続き順調で、朝は 35.2km/L、帰りは 33.2km/L、採点は 91点でした。

 

気に入っている新型PRIUS ですが、ただ一つ気に入らないのはオーディオの音質です。

事前に何度か聴いて分かっていたのですが、スピーカーユニットを交換する前にどこまでましになるかやってみようとしました。

 

プリセットのイコライザーも音場もどれもダメです。

お奨めのセッティングというのもマニュアルに載っているのでそれも試してみましたが、全然お話になりません。

 

仕方がないので先日から耳を頼りに調整をしていたのですが、なんとか聴けなくはない程度に一応の調整ができました。

これで色々なソースやディスクを聴いてみて詰めて行ってみましょう。

 

 

PRIUS で走りながら聴く音楽は何が似合うだろうと考えましたところ、以前取り上げたことがありますお気に入りの一枚、来生たかお の「ラビリンス」が一番似合うと思えました。



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ポール・モーリアが唯一プロデュースした日本のシンガー/ソングライターが 来生たかお です。

全曲オリジナルで、アレンジと演奏はポール・モーリア。

録音はパリ。

発売は ’84年、再発売が ’91年です。

ジャケットのイラストは横尾忠則。

イラストは、最初はどうかな?、と少々ピンとこなかったのですが、今ではとてもうまく内容とマッチしていると思えます。

権利の関係からか、それ以降この CD と LD は再発売はされていません。



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以前何度も何度も聴いた CD ですが、久しぶりに聴いても古びた感じはしません。

帰りに聴き始めてちょうど終わりました。

しばらくぶりに再会したこの録音をドライブのお供としましょう。







良い訳はあるのか:CARUSO [好きな歌]

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日本語訳をいくつか見ているとどうもニュアンスの違いが気になって仕方がありません。

昨日取り上げましたサイト(http://www.geocities.jp/pppppppihyghhg/Paroles/lara-fabian/caruso/caruso.htm)ではサビの部分の後半を
 もう鎖で縛りつけられてしまったように
 血管の中を流れる血は沸き立ちそうだ、わかるだろう
としていますが、紹介されている小瀬村氏の訳では
 あなたはこうして鎖を
 その熱い血で解き放ってくれる
としています。
かなりニュアンスが違いますし、そもそも何を描写しているのかわかりません。

また新たに見つけたこちらのサイト(http://ameblo.jp/toranekoland/entry-10624566215.html)では
 鎖で縛り付けられるようだ
 血管の中の血が溶けてしまいそうだ
としていますし、最も正確と言われているらしい次のサイト(http://www.danceview.co.jp/blog/rinko/2009/06/post_702.html)の訳では
 この絆は体の中をめぐる熱い血さえ溶かしてしまうんだ
としています。
こちらの二つは「血を溶かす」としていますが、そもそも血液は液体なので、それが溶けるというのはイメージできないのです。


"鎖" はともかくとして、 "血管" とか "血" というのはちょと唐突な感じがします。
最後に引用したサイトでは "鎖" とせずに "絆" としています。

手元にある簡単な辞書を引いてみますと
 catena は "鎖" とか "束縛" "絆"
 sangue は "血液" "血筋、血統、家系"
 dentro は "中で" "内心で、ひそかに"
とされています。


歌詞で韻を踏んでいますから普通の文章に比べると意味よりも音が似ている単語を選んでいますので、解釈しにくくなっています。

昨日ご紹介しましたサイト(http://emilia.exblog.jp/4216508/)の内容によりますと
 ソプラノ歌手との秘めた関係が裁判沙汰になって破局を迎える
とのことですから、
 ((こうしていると))
 (許されない関係という)束縛を
 (私の中で)解き放ってくれる
と解釈することもできそうです。
 sangue をどうするかが問題ですが、もう少し詳しい辞書にあたってみようと思います。





Lucio Dalla : CARUSO [好きな歌]

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初めて聴いたのは多分25年くらい前の平成の初めの頃です。
あるオーディオ店で試聴していた時にかけられたのがパヴァロッティの輸入盤の CD でした。

多くの人が多分パヴァロッティの録音でこの曲を知ったことでしょう。
写真の CD は最新リマスターによる二枚組のベスト盤です。


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曲の説明などは何もなかったので、パヴァロッティが電子ピアノと思しき楽器(とオーケストラ)の伴奏で録音していること自体が謎でしたし、曲名はあの大歌手のことだろうとは思ったものの何もわからないまま曲はしっかりと記憶に刻まれました。

インターネットなどまだ知らなかった頃ですから、情報収集の手段もなかったのです。


ふと思い出して検索してみると楽譜が手に入ります。
ピアノ伴奏にギターコード譜がついたこの楽譜は作曲者のオリジナルの譜面のようで、パヴァロッティの録音とは少しアレンジが異なります。
またパヴァロッティの録音ではワンコーラス飛ばしているという違いもあります。
面白いのはギターコード譜は最初が Am9 と書かれていて普通なのですが、ピアノ伴奏譜の方には Lam9 と書かれているのです。初めて見ました。


ネットで検索してもこの曲が作曲された経緯は見つかるものの、パヴァロッティとの関わりなどはわかりませんでした。


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作曲者の唯一の国内盤が "DALLAMERICARUSO" というこの CD で、オリジナルの LP を CD 化したもののようです。

この CD のブックレットには
 パヴァロッティは元々の友人であったこと
 1986年のアメリカツアーのために書かれた曲であること
が解説されています。

Dalla は「ダッラ」と表記したほうがオリジナルの発音に近いそうです。


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次のサイトにオリジナルの Lucio Dalla の動画と、高く評価する人のある Lara Fabian の動画があります。
ここでは歌詞と管理者による日本語訳も紹介され、小瀬村幸子氏による訳を紹介するリンクも張られています。


日本語訳はブックレットにもありますが、皆ニュアンスが異なります。
上のサイトでは「若い女」、小瀬村氏の役では「娘」、Dalla の CD のブックレットでは「少女」、パヴァロッティの CD のブックレットでは「娘」です。

この曲は多くの歌手によってカヴァーされていますが、一部で評価の高いのが アンドレア・ボチェッリ です。

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パヴァロッティはドラマチックで表現が豊かで説得力があってやはり素晴らしいですね。

Lara Fabian の動画は視ましたが、詞の内容からすると私にはオーバーアクションに思えて馴染めません。
メロディーも一部変えられているようです。

Dalla の歌は個性的ですね。

ボチェッリはやや寂しげな感じがいいかなと思います。


ところで詞の内容ですが、訳のニュアンスがいろいろでどれがオリジナルの内容に近いのか、イタリア語がわからない私には見当がつきません。
しかも詞が少しづつ違うのです。

上記のサイトに紹介された詞の一部は
sulla vecchia terrazza davanti al golfo di Surriento

Te vojo bene assai

でその他もほぼ同様ですが、楽譜と Dalla の CD では
su una vecchia terrazza davanti al Golfo di Surriento

Te Voglio bene assaie

となっていて、そのほかにも細かな違いがあります。

楽譜に収録された歌詞が正しいのだろうと思うのですが、なぜこんなに細かいところがいろいろ違ってしまうのかは謎です。
イタリア語の辞書やネットで単語を検索しますが、出てこなかったりします。
方言のような言葉が使われているのでしょうか?
それとも誤植なのでしょうか?

聞き取ることができないのがもどかしいです。
しかも歌い手によって sulla と聴こえる場合と su una と聴こえる場合があります。

上記のサイトでは
 この歌はカルーゾの末期(まつご)の幻想をテーマにしたもの
ではないかと解釈していますが、
カルーソーのこんな心情を歌ったものだろうという解釈が次のサイトにあります。

次のサイトには作曲のきっかけになったであろうエピソードが紹介されています。


イタリア語の辞書を久しぶりに引っ張り出してみようかなと考えています。





「つばめが来る頃」 [好きな歌]

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「翼をください」のコンビ(作詞:山上 路夫、作曲:村井邦彦)による復興への祈りが込められた曲です。


 


CD は「翼をください」とのカップリングで、歌は 森 麻季 さんです。

楽譜と共に発売元の ヴィラスミュージック の自費出版の形態になっていますが、CD は Amazon で購入できます。


http://villasu.com/

http://villasu.com/tsubame.html


伴奏は 山岸 茂人 さんのピアノだけです。


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聴いているとじわじわと胸にしみ込んできます。

「翼をください」のようにシンプルなメロディーですが、より大人の強い思いが込められた内容になっています。


長くはない曲ですが、無駄のない見事な詞によって一編のドラマのような世界が広がります。


メロディーで見事なのは

 時がながれすぎた

の箇所で、単純な動きながら深い思いが伝わります。



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楽譜は上記のサイトから注文する事ができます。

CD とのセット販売のようになっていますが、楽譜だけを購入する事が可能で価格は 525円と送料 80円です。


売上の一部は寄付されるそうです。



この曲は既に合唱でも歌われているようです。

良い曲ですのでたくさんの方に手にして欲しいと思います。




 

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原作者は確定している:A Thousand Winds [好きな歌]

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昨日に続いて「千の風になって」です。
まず原作者探しのノンフィクションが今日届きました。
あとでじっくり読む事にしますが、この本によれば 2009年7月、マリー・E・フライ が原作者として文化庁著作権課に登録されたそうです。

昨日ご紹介しましたサイトの他にこんなサイトもあります。
http://longtailworld.blogspot.com/2009/02/attribution-of-do-not-stand-at-my-grave.html
こちらによりますと Mary E. Frye の書いた詩はもともと 16行あったそうで、それを贈られた方のご両親が 12行に直して葉書に刷って配ったのが世に出た最初であるようです。

オリジナルの詩が書かれたのが 1932年だそうですが、それ以降広まる過程でいろいろ変化が生じたようです。
実際、昨日触れました新井氏と南風氏の訳の元になった英語詩も少し違いがあります。
英語詩は著作権が放棄(正確な表現ではありませんが)されているそうですので、引用します。

新井版
 a thousand winds

Do not stand at my grave and weep;
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn's rain.

When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at my grave and cry;
I am not there, I did not die.


南風版
 A THOUSAND WINDS

Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow;
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain;
I am the gentle autumn's rain.

When you awake in the morning hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet in circled flight.
I am the soft star that shines at night.

Do not stand at my grave and cry.
I am not there, I did not die.  


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オリジナルの原詩
  
Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow,
I am the softly falling snow.
I am the gentle showers of rain,
I am the fields of ripening grain.

I am in the morning hush,
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight,
I am the starshine of the night.

I am in the flowers that bloom,
I am in a quiet room,
I am the birds that sing,
I am in each lovely thing.

Do not stand at my grave and cry,
I am not there. I do not die.



短縮(ポストカード)版

Do not stand at my grave and weep.
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn rain.

When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at my grave and cry.
I am not there; I did not die.


昨日触れましたサイトの他にこちらもご覧になってみてください。

新井満氏へのインタビュー(原作者について)が掲載された週刊誌の記事を紹介したサイト。
http://a-gemini.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-be17.html

新井氏行為と南風氏の主張(新井氏を糾弾している)について。
こちらの内容には共感します。
http://www.celestial-spells.com/logs/2010/03/post_67.php


"A Thousand Winds"
をどう訳すかは迷うところですが、thousand には千という意味もありますし、a thousad 〜 でたくさんのという意味で使われる場合もあります。
日本語でも
 八:四方八方、八方美人、八岐大蛇
 十:十人十色
 百:百科事典、百貨店、百姓
 千:千変万化、千載一遇、
 万:波瀾万丈
など、それぞれに "全ての" とか "たくさんの" という意味で使われます。

なので「千の」と訳しても「たくさんの」と訳しても良いのでしょうが、そもそも風は水やコーヒーなどと同じで数える事ができません。
「千」という言葉の響きもたくさんという意味合いも活かしたいなら「千 "も" の」としたらどうでしょうか。
もちろん、詩として響きが良いかどうかは別の問題です。


このサイトでも言及されていますが、南風氏の訳はオリジナルの英語詩を詩としてそのまま訳し、新井氏は英語詩を元に歌える詩(詞)として再創造したものだろうと思います。
言葉を繰り返すことによって歌詞として自然なものになっていると思います。

以前メロディーが「哀しみのソレアード」の剽窃であると週刊文春に書かれた事がありましたが、それについて当時取り上げていますので、よろしかったらご覧になってみてください。

http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2007-04-23
http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2007-04-24
http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2007-04-25

私は最初に新井氏の詩を読んだのでその詩から受けるイメージが頭に定着しています。
歌のメロディーを聴いた時、少々違和感を憶えました。
詩の持つ雄大なイメージ、輪廻、永遠、優しさ、救い、慰めなどの混じりあったイメージと歌いやすい平易なメロディーとがどうにも一致しなかったのです。
メロディーと言葉のアクセントについての違和感などは以前の記事で触れました。

オリジナルの英語詩を自分で訳して自分でメロディーをつけられれば問題ないのでしょうが、いまのところうまく行きそうな見込はありません。


さてここでも問題になっている著作権ですが、特許や実用新案と違って著作権は登録を要しない権利で、著作物が生まれたと同時に発生します。
ご紹介しましたサイトで「登録」という言葉が使われていますが、例えば日本音楽著作権協会 (JASRC) に登録(正確には管理を「委託」)することと著作権を保持する事、利用料を払う/徴収する事とは別の事です。
仮に JASRAC に登録していない曲について著作権を有する人(著作権者)が楽曲を利用したい人に使用を許可するかどうかは著作権者次第ですし、使用にあたっての使用料を要求するかどうかは別だという事です。自分の作ったものを引き合いに出して恐縮ですが、「風太くんのうた」や「風太くんの子守唄」を演奏してみたいと言われた場合、承諾するかしないか、使用料をもらうか無料で承諾するかは私次第というわけです。

いろいろ blog などを読んでみますと、著作権が生きているために(blog で)使えなくてけしからんという意味の事を書いている方もいらっしゃいますが、それは認識が違っていると言わなければなりません。利用の許可を申請し許諾が得られれば使ってもいいのです。それに伴って使用料の支払いを求められるなら支払えば良いのです。無料で自由に使えないのがけしからんというのはそれこそけしからんというものでしょう。

なんだかまだ重要な事を書き漏らしているような気がしますが、今日はここまでにします。

『恋は水色』大ヒットの物語:ポール・モーリア [好きな歌]

''11.08.21 追記。 掲載した雑誌、CD の写真についてご指摘をいただきましたので Amazon のリンクで表示されるもの以外は順次修正あるいは削除しています。

ポール・モーリア

ポール・モーリア

  • 作者: セルジュ エライク
  • 出版社/メーカー: 審美社
  • 発売日: 2008/01/15
  • メディア: -


イージーリスニングが全盛だったのはもうずいぶん前の事になってしまいましたが、あまり関心のない方でもポール・モーリアと彼のアレンジした「恋は水色」を知らない人は少ないでしょう。

ラブサウンズとも呼ばれた音楽は巷に溢れ、新しい楽団もずいぶん出現しましたが、今残っているのはどのくらいあるのでしょう。
ポール・モーリアやレイモン・ルフェーブルを筆頭とするフランスのオーケストラが老舗で人気もあり、最盛期が過ぎても新譜が出ていましたね。

そうした音楽の担い手たちの録音は店頭に並んでもオーケストラやそのリーダーについて書かれた本は意外に見る事ができませんが、しばらく前に山野楽器の店頭で見つけたのが写真の本です。
知らない人はいないだろうと思われる彼のアレンジになる「恋は水色」誕生のエピソードについても触れられています。


作詞ピエール・クール、作曲アンドレ・ポップによるこの曲は 1967年4月、ウィーンで行われる「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」のエントリー曲として書かれました。
この時優勝したのはポール・モーリアも録音している「恋のあやつり人形」で、「恋は水色」は4位でした。
これらのコンテスト入賞曲はポール・モーリアやレイモン・ルフェーブルがアルバムに収めていました。Philips レーベルでの五枚目となるポールのアルバムの中に「恋は水色」も収められました。

この年にアメリカでもアルバムが発売されましたが、ミネソタのラジオ局でこの曲がオンエアされたのが人気に火が付くきっかけとなりました。
1968年の1月初め『キャッシュ・ボックス』誌と『ビルボード』誌に99位で初登場し、2月10日に1位となってから6週間(7週間という話も)その座に留まりました。トップの座を明け渡したのはビートルズの「ヘイ・ジュード」にで、「ヘイ・ジュード」は10週間トップの座にありました。

ポール自身の言葉によればこの曲のアレンジには特別な事はしていない(いつも最善を尽くしている)が、そんなにヒットするだろうとは思っていなかったものの、この曲は大好きでコンテストで優勝できなかった事はとても残念だったとの事です。
録音の時、殆ど終りかけた時に前奏にクラブサン(チェンバロ)を入れる事を思いついたのだそうです。当初は前奏部分(間奏にもでしょうか?)は違っていたのですね。


私が初めてこのアレンジを聴いたのはいつだったのか憶えていませんが、中学生頃だったのではないかと思います。とても気に入ったのでオリジナルのレコードも買いました。
オリジナルを歌った(コンテストに出場した)のはヴィッキー=レアンドロスというギリシャ人の歌手でしたが、レコードにもヴィッキーとだけ印刷されていたように思います。


その動画がありました。私も視るのは初めてです。



歌は記憶にあるそのままです。
今でも通用しそうな感じですね。


どこの番組でか、森口博子さんがフランス語で歌っています。
歌詞が画面に出ます。


オリジナルはアレンジも録音も振り付けも時代を感じさせます。
歌はともかく、このままでは世界的なヒットになる事はなかったでしょう。


当時のポール・モーリアのオリジナルの演奏です。



こちらも同じ頃のものですが、画質と音質は劣ります。

http://www.youtube.com/watch?v=4sbtZK9558Q&feature=related


こちらはもう少し新しいものですが、BS2 の文字が画面に見えます。




「涙のトッカータ」もどうぞ。こちらも BS2 の文字が見えます。
ちょっとテンポが速めです。




こちらはヒット当時と思われる映像で、ゆっくり目のテンポです。
ポール自身がピアノを弾いています。




NHK で放送されたらしい映像です。
最も新しい録画と思われるもので「カーニバルの朝(黒いオルフェ)」を。




私が一番よく聴いたのは "Reflection 18" と名付けられたいろいろなアーティストのシリーズの中の1枚でした。
スティービー・ワンダーの「サンシャイン」も入っていましたが、この曲はどういう訳か再録される事が少ないです。著作権の問題でもあるのでしょうか?
ディスコブームの時にリリースされたアルバム『ラヴ・イズ・スティル・ブルー(恋は水色 '77)』もよく聴きました。ついでは来生たかおのアルバム「ラビリンス」ですね。
忘れられないのは 金子由香利さんの「再会」を収めた盤ですね。この曲もあまり他には収録されていないようです。
映画音楽を集めたアルバムの「ゴッドファーザー」「ロミオとジュリエット」もとても好きなアレンジです。

オリジナル曲では「蒼いノクターン」が最高傑作でしょう。

先日映画『ある愛の詩』を取り上げた時 YouTube でこれらの動画を視てしまったのでとても懐かしく思い、取り上げずにはいられませんでした。


愛しのニャンコに百万本のバラを [好きな歌]

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今日の読売新聞によれば『百万本のバラ』のロシア語版の作詞者アンドレイ・ボズネセンスキーさんが1日に亡くなったそうです。
Wikipedia によればこの曲は 1981年に発表されたラトビアの歌(作詞:レオンス・ブリアディス、作曲:ライモンズ・パウルス)ですが、日本でおなじみの詞の元になったロシア語版は 1982年に発表されています。
日本語版は最も良く知られている加藤登紀子さんの訳詞と歌唱によって 1987年に発表されています。

百万本のバラなんて現実離れしていて見当もつかないスケールですが、仮に1本千円だとすると、1,000,000,000円です。これ、一瞬で読める方がどれくらいいらっしゃるかわかりませんが、漢字で書くと10億円です。一本五百円としても5億円ですね。
ううむ、バラよりお金の方が良かったりして...。


さて餌やり禁止と貼り紙がされて以来あまりニャンコの姿を見かけなくなってしまいましたが、たまに一匹くらい見る事があります。


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この二枚は今日のお昼の写真です。
賢そうで美人です。
バラをあげたいですが、バラより食べ物の方が喜ばれそうです。


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こちらは26日の夕方です。
今まで見たことがないニャンコです。


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なんだか「食べ物持っていませんか?」と目が訴えているように見えてしまいます。

あの仔ニャンコはどうしているでしょうか。
とても気になります。

PPM の "M" が失われました [好きな歌]



素晴らしい声が失われました。

先日の日曜日の朝、久しぶりに PPM の「500マイル」を聴きました。
今日こんなニュースを読むとは思いませんでした。

彼女の歌声はもう CD でしか聴けないのですね。


モーツァルトの未発表曲演奏 [好きな歌]

半年ほど前にモーツァルトの新曲発見のニュースを紹介しましたが、
http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2009-01-24

3日月曜日の日経新聞には表記のような記事が掲載されました。
こちらはピアノ作品で、7、8才頃の作品だそうです。

曲は協奏曲と前奏曲で、モーツァルトの協奏曲としては最古になるそうです。

父のレオポルトがモーツァルトの姉のために編集した曲集(モーツァルトの最初期の作品も含まれている)の中から見つかったそうで、筆跡は父のものだが作風からモーツァルトのものとされたそうです。

2日にオーストリアでモーツァルトが使っていたピアノで演奏されたそうです。

いずれ CD や楽譜も出るでしょうね。

たまたまですが、先週モーツァルトのヴァイオリン(またはフルート)ソナタ集の楽譜を注文しました。
K.13 へ長調 が目的です。
この曲は大分前の映画『ある愛の詩』で使われていました。
演奏会のシーンで、この他には J.S.Bach のチェンバロ協奏曲も使われていました。

もっと長生きしたらどうだっただろうかと思わずにはいられません。


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