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空の向うのバイオリン [楽器]

iPad で撮影した今朝の自宅近くの空です。
もやが深く、6月頃には以前掲載したようなドラマチックな光景が見られる場所もあります。
今日の読売新聞に、陳昌鉉さんの訃報が載っていました。
http://search.yomiuri.co.jp/index.html?q=陳昌鉉&r=reflink
本を読み、ドラマも視ました。
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海峡を渡るバイオリン~ディレクターズ エディション~ [DVD]
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- メディア: DVD
- 主演した草彅さんは陳さんのヴァイオリンを買ったそうです。
陳さんの楽器を揃えた演奏会も聴きました。
その頃にはヴァイオリンを習うなんて夢にも思っていませんでした。

天上の弦―The life of a man who headed toward Stradivari (1) (ビッグコミックス)
- 作者: 山本 おさむ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2003/09/30
- メディア: コミック
漫画は読んでいませんが、「天上の」という表現は良いですね。
陳さんの魂は海を渡って祖国に帰ったのでしょうか、それとも空の上の清らかなところで音楽を奏でているのでしょうか。
ご冥福をお祈りします。
十二代柿右衞門:猩々 置物 [アート]

Wikipedia によれば猩々は
中国に由来する伝説上の動物である。
またそれを題材にした各種の芸能における演目。さらにそこから転じて、大酒家や赤いものを指すこともある。
さらに
オランウータンの漢名としても使われたのに合わせてチンパンジーの和名は黒猩猩(くろしょうじょう)、ゴリラの和名は大猩猩(おおしょうじょう)とされた。これらは日本でも使われることがあった。
また、ショウジョウバエは、酒に誘引される性質から猩猩になぞらえて名づけられた。他にも赤みの強い色彩を持つ生物には、しばしばショウジョウ……の名が付されることがある。
とあります。
ポインセチアを猩猩木と表記するとは知りませんでした。
同じく Wikipedia には能の『猩々』のあらすじが紹介されていて、それは次のようなものです。
むかし潯陽の傍ら金山に住む孝行者高風(ワキ)は、市に酒を売れば富貴の身になるであろうという夢の告げによって酒売りとなり、店は繁盛した。その店に毎日やってきては酒を飲むが顔色の変わらない不思議な客(前シテ)がおり、その素性を高風がたずねたところ、自分は海中に住む猩々であると告げて立去った(中入り)。
おどろいた高風が川のほとりに酒壷を供えて夜すがら待っていると、猩々があらわれ(後シテ)、酒の徳をたたえ、高風と酒を酌交して、酔態のまま舞を舞って(中之舞)ふたたび海中に帰ってゆくのであった。
この置物はどう見ても類人猿には見えないので、能に登場する人物だろうと思います。
それにしては酔って寝ているようなのが奇妙ではありますが。

実に良くできています。
着物はややざっくりと表現されていますが、髪の毛から顔や手の表現の滑らかなことは驚くばかりです。
酒が入っていたであろう瓶だけ彩色されていて人物は無彩色ですが、これは想像ですが、本来は姿が見えない存在である猩々が不覚にも酔いつぶれてしまってうっかりぼんやりと姿が見えるようになっている様子を表しているのではないでしょうか。

釉薬の中に髪の毛が表現されているのがご覧いただけるでしょうか。
歴代柿右衞門さんが作った猩々のなかでもこれは比較的小さい方だそうです。
愛でやすい大きさに加え、この作品の魅力はその表情でしょう。
実に気持良さそうな柔和な表情をしています。
千葉そごう 9F ベルロワイヤルさんに展示されています。
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意外な事情:Ave Maria [楽譜]

我が家のイチゴが立派に大きくなったようで、今夜食卓に並びました。
まあ、形も大きさも不揃いですし、味もそうです。
でも我が家で穫れたと思うと格別です。
ところで先日 Gounod の "Ave Maria" の成立事情の大筋は分かったのですが、まだ細かい点でいくつか疑問があります。
まず、相手の母親が困惑したというラマルティーヌの詩とはどんなものだったのでしょう?
検索してみたところ、こんなサイトが見つかりました。
なるほどと納得できる記述ですが、ここで挙げられているラマルティーヌの詩は "Ave Maria" です。
これは違うでしょう。
この内容の詩だったら相手の母親が困惑するとは思えず、第一思いを寄せる人に捧げるような内容とは思えませんし、「アヴェ・マリア」の詩を付けるよう勧めたという話と矛盾します。
そこで更に検索してみるとこんなサイトが見つかりました。
この中の「一段目」から始まる内容はコンパクトにまとまっています。
この中にラマルティーヌの詩にリンクが張られています。
この詩がそうであったのかどうかは今のところ検証できていませんが、ひとまずそうだったとしておきます。
ラマルティーヌには馴染みがないのですが、リストは交響詩「レ・プレリュード」の標題にラマルティーヌの詩を再構成して加え、「詩的で宗教的な調べ」はラマルティーヌの詩集のタイトルからとられています。
ややこしいのですが、この曲の中に含まれる「アヴェ・マリア」はシューベルトの曲の編曲です。
さて別のサイトでもやはり「アヴェ・マリア」の成立過程について触れていますが、ラマルティーヌの詩が付けられた曲が出版されたのが1852年、グノー 34歳です。
こちらのサイトによれば相手の女性というのはグノーの3歳下で既婚であったポーリーヌ・ヴァイアルドという歌手で、無名の頃からグノー母子を援助して住まいも用意していたのだそうです。
1851年にグノーがピアノ科教授の娘と結婚したことによって両者の関係はぎくしゃくしたようで、グノーが結婚してからすぐ出世したこともそれに拍車をかけたようです。
このサイトではニューグローヴ音楽辞典からの引用で
Premier prelude de J.S. Bach (Lamartine: Vers sur un album) (1852), arr. vv, solo vn, orch (1856), originally for insts (1853), with text Ave Maria (1859)
とありますので、上記のラマルティーヌの詩が使われたことは間違いないようです。
やや意地の悪い見方をするなら、グノーは出世を狙って結婚したものの思いを寄せる女性は別にいて、その女性を慕う人は他にもいたうえグノーが結婚した後で思いを伝えようとするような行動に出たことが裏目に出た、というところでしょうか。
まあ、そのお陰で今私たちが知る「アヴェ・マリア」が誕生したわけですが。
ところで気になるのはラマルティーヌの詩の内容です。
フランス語の詩を翻訳するなど思いもよらないのですが、一旦英語に翻訳したものを解釈してみるとおよそ次のような内容ではないかと思います。
人生という書物は至高の物語が記述されたものであって、人は自身の選択によってそれを閉じる事はできないし、閉じてしまったらもう開く事はできないもの。
愛おしいパッセージは再び出現することはなく、終わりは必ずやってくる。
人が望むところに戻ることは叶わないし、いまわの時はもうその手の指の先にあるのだ。
自分でも出来が悪いと思うのですが、何となく母親が困惑しそうな内容かなとは思います。
何を考えているのだろう、といったところでしょうか。
ニューグローヴに当たってみたいのですが、普通の図書館にはありません。
国会図書館ならありそうです。
なにしろ 20巻以上でお値段も個人で買うようなものではありません。
ラマルティーヌの詩集も探しているのですが、この詩が収録されているのかどうか探すのが難しいです。
今日、帰りに三省堂書店に寄ってみましたが、外国語の詩集は一冊もありませんでした。
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本番は結局これ [楽器]

昨日はレッスン前にまたピアノの S先生に合わせていただく事ができたのですが、楽器は調整を終えた Guo M.I.C. のものとしばらく使っていなかった Brannen と Lafin の頭部管の組み合わせを使ってみました。
Guo の楽器は完全に復調して問題はないのですが、ピッチが低いのが問題です。
以前秋山さんに現代の楽器は 5mm 程度頭部管を抜いた状態で A=442Hz になるようになっているというのは管長が短すぎるのだという意味のことを聞きましたが、この楽器は Louis Lot をモデルにしているためか、スケールに自信があるのでそうなのか、管長が長いのかもしれません。
頭部管をいっぱいに差し込んでもまだ低く、いつもより頭部管を外向きにしてやっとという状態では高音域はともかく低音域が困ります。
暫く出番がなかった Brannen を持ち出したのは、当初予定していた FMC Flute Mastaers や Nagahara、J.G.Hammig の木管などで一長一短で今回の曲に関してどこかの箇所で壁に当たっていたのでこちらを試してみようと思ったからです。
念のため断っておきますが、これらの楽器に問題があるというわけではありません。
私が使いこなせていないという事に尽きます。

音色については素晴らしいの一言で、どこに秘密があるのか見ても全く分かりません。
この個体は Lafin氏が Brannen の下で仕事をするようになる以前のもので、Lafin氏の証明書付きです。


リッププレートは凹みや膨らみのないストレートな形状で、歌口の形状はやや横長で、楕円とも四角形とも違い、大きさは現代の大音量のタイプと違い大きくはなくオールドの楽器のように小さくもないというところです。
楽器に不安があってはいけませんし、コントロールに苦労するようでもこと本番に関しては好ましいとは言えません。
練習には良いかもしれませんが。
この組み合わせでいくことにします。
緑濃し [花、植物]

良いお天気の朝です。
日差しは大分強くなっていますが、まだ夏ほどではありません。
明るい光の中で濃くなった緑がきれいです。


ブーゲンビリアは永く楽しませてくれます。


赤エンドウの実ができました。


そろそろ食べられます。


いつも紫が優勢なのですが、今年は白の勢いが良いです。

そのそばにはブルーベリーの一種、ビルベリーが花をつけています。
野生種と説明されている場合もありますが、野生種であるワイルドブルーベリーとは異なる種類です。

花も実もミニサイズで、ハチがとても大きく見えます。

ブンブンと羽音が賑やかです。

ベニバナトチノキが咲き始めました。

色が薄いものも同じ木に咲いています。



今年はいくつ実ができるでしょうか。

クレマチスも咲きました。


傷みやすく、なかなか良い状態が撮れません。

ハイブッシュ系のブルーベリーは花が終わり、実が膨らみ始めています。

ジャムに加工するにはこちらの方が適しているようですが、色付きの美しさはラビットアイ系の方が勝っています。

こんな色のオダマキも咲きました。



濃い青のよりずっと可愛いですね。

黄色のボタンがもう少しで開きます。


山椒もこの時期です。
もう花は終わり、今利用できるのは若葉です。

日陰にキノコがありました。
多分これは食べられないでしょう。

その近くにジャーマンアイリスが存在感を示しています。

日本の五月のイメージとは少々違いますが、緑との取り合わせがなかなかです。

もうピークは過ぎました。
また来年です。

いつの間にかバラが二輪開きました。
蕾はまだたくさんあります。
直射日光が当たってしまっているので日陰を作って撮っています。
来週またトライします。
前回作ったものは全部配ってしまって、自分の口には入りませんでした。
久しぶりに豆を焼こうかと思いましたが、やり始めると止まらないので今日はやめておきましょう。
爽やかな庭でゆっくりする日があっても良いでしょう。
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グリップとレリーズボタン:X-Pro1 [写真]

ホールディングを確実にするために純正のグリップを装着してみました。
付けない状態では突起部分が小さく、握る位置もやや上に寄っていて、シャッターボタンを押す人差し指も本来は指の腹で押すのですが指の先で押すような握り方になってしまうのです。

この二枚の写真は iPad で撮っています。
グリップは底部にある三脚のネジ穴を利用して取り付けます。
三脚穴はグリップの底にもあるので装着したまま三脚に取り付けることが可能です。
しかしバッテリーとメモリーカードを装着する部分は塞がれてしまうので、交換する際などにはグリップは取り外さなければなりません。
取り付けた状態ではもちろん少々体積が増えますが、純正だけあってデザインはマッチしています。
以前取り上げましたバッグは少々きつくなりましたので、一ヶ所ファスナーを外して容量を増やしています。
更にシャッターボタンに大きなボタンも取り付けてみました。
取り付けない状態では押し込まれる部分と周囲の高さが同じで、確実に押し込むためについ指の先で押したくなるのです。
こうした体勢ではぶれやすくなります。
製品はいろいろありましたが、中央が凹んでいるのではくやや膨らんでいるもの、色は本体と同じ黒で目立たないものを選びました。素材はネジ以外は金属でなくてプラスチックですが、特に気になることはありません。

いつもの創美船橋店さんで撮影させてもらいました。
マイセンの C&S 、「夏の夜の夢(ミッドサマーナイツドリーム)」です。
ホワイトバランスはここの照明に合わせて調整しています。
商品が陳列された棚で撮っていますので、邪魔になるものがあります。
35mm レンズで絞りは背後をぼかすために 2.0、露出補正は +1.33 です。
よく「真夏の夜の夢」と呼ばれますが、Mid Summer というのは夏至です。
正確に訳すなら「夏至の夜の夢」と言わなければならないのですが、違和感がありますね。
「夏の夜」と言っておくのが無難でしょう。
マイセンのきれいな白が撮れました。
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お手本を聴く:"Ave Maria" [CD]
アヴェ・マリアの楽譜についてアカデミア・ミュージックに問い合わせてみましたら、在庫はないものの声楽とピアノ、ヴァイオリンソロ、ティンパニを含むオーケストラ、オルガンなどという編成のスコアがあるというので注文してみました。
ただし、調は inG です。
お手本を聴いてみようと思い、ランパルの CD を引っ張り出しました。
こちらは以前取り上げたものですが、この曲とガヴォット(ゴセック)以外はオーケストラ伴奏です。
ピアノとの共演は意外なことにこれ以外に録音が見当たりません。
声をも聴いてみようと思い、昔買ったスラヴァの CD も取り出しました。
一曲目のカッチーニ(カッシーニ)の曲に衝撃を受けたことを思い出します。
録音レヴェルが一般的なクラシックの録音より高く、グノーの曲もシンセサイザー多用です。
声はすごいですが、グノーの曲の録音としては特に印象に残るものではありませんね。

- アーティスト: フィッシャー(アダム),ヴェンゲーロフ(マキシム),チューリヒ歌劇場ラ・シンティッラ管弦楽団,イル・ジャルディーノ・アルモニコ,レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団,ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団
- 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
- 発売日: 2010/11/10
- メディア: CD
女声も聴いてみようと思い、帰りに山野楽器にあったこの CD を買ってみました。
本来であればフランス人の歌手のものを選ぶのですが、森麻季さんを始めとする日本人の録音は何枚かあったのですが、フランス人のものが見当たりません。
たしかナタリー・デセイのものが買ってあったはずなので、後で探してみましょう。
この録音、調は分かりませんがアカデミアで探してもらった楽譜に近い編成に聴こえます。
この編成で聴くのは初めてで、ちょっと違和感があります。
ヴァイオリン・ソロには気づきませんでしたが、楽譜が到着したら見ながら聴いてみましょう。
さて明日は母の通院の日なので朝の更新はお休みします。
午後はレッスンですが、復調した Guo の楽器で合わせられると良いのですが、どうでしょう。
Guo の楽器、ピッチが低いので本番で使うにはそれがちょっと問題です。
最近出番がなかった別の楽器を念のため持って行ってみましょう。
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Charles François Gounod:"Ave Maria" の誕生 [楽譜]

グノーの「アヴェ・マリア」はとても有名な曲で編曲も多いのですが、いつどのようにしてできたのかという事については殆ど資料がなく、オリジナルの楽譜がどうだったのかも分かりません。
しかしいろいろ調べているうちにそのエピソードがこの本に紹介されていることが分かりました。
この二冊はもう絶版で書店では手に入りませんが、古本なら入手可能のようです。
一冊目が 1988年6月10日初版、 1991年4月1日第32刷、
二冊目が1988年12月1日初版、 1991年2月1日第7刷 の奥付があります。
多分 '91年に購入したものと思います。
本や CD は目についた時に買っておかないとすぐ入手困難になってしまいます。
さて問題の「アヴェ・マリア」の誕生については P.80 以降に関根敏子さんが '87年12月に行われた「フランス伝承歌の会」でグノー(1818 - 1893)の子孫であるシャルル=エマニュエル・グノー氏が行った講演を紹介されています。
グノーは婚約者の父、パリ音楽院のピアノの先生ジメルマンの家で即興演奏をしていたところ、未来の父が即興で付けられた美しい旋律を耳に留め、旋律がくり返された時にそれを書き取ります。 ジメルマンは数日でそれを小合唱の伴奏付ヴァイオリン曲『バッハのプレリュードによる瞑想』として仕上げ、グノーに聴かせます。 グノーはその旋律にラマルティーヌの詩が合うことを発見して歌曲として当時思いを寄せていた女性に捧げます。 それを聴いた女性の母親は内容に戸惑いを覚え、『アヴェ・マリア』の方が曲の宗教的な内容に合うとしてグノーに楽譜を見せます。 思いが母親に察知されたこともそのアイデアも理解したグノーは曲に手を入れ、完成した曲を当時の大歌手マリ・ミラオン=カルヴァロに献呈しました。
さてこのオリジナルの曲名によって検索をかけてみますと、次の一覧表が見つかりました。
http://www.interq.or.jp/classic/classic/data/perusal/saku/Gounod.html
これによりますと
ラマルティーヌの詞を使った第一版の譜面は 1852年の出版です。
このほか同じバッハのプレリュード第2番を使用した「アヴェ・マリア」が 1889年、最後の作品とされた「アヴェ・マリア」が 1894年に出版されています。
なお、次のページでは1859年版の編成はソプラノ独唱、オルガン、ピアノ、オーケストラとされています。
http://www.music-tel.com/ez2/c/comp2/g/Gounod.html
もう少し探してみてそれぞれの版を比較してみたいと思います。
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Gounod:Ave Maria [楽譜]

この楽譜は曲の中の一部を抜き出して1枚にまとめています。
前回の新しいピアノの先生との合わせで指摘されたのは上の譜例の上の段の二小節目の八分音符と3段目以降に現れる16分音符の違いが不明確という点でした。
言われてみるとそうだったかもしれません。
16分音符をこの通りやろうとすると強くなりすぎるように感じて、無意識にですが遠慮気味にやっていたのだと思います。
ところで上の楽譜、二段使って少しの違いがある譜面を書いています。
ふと思いついて手元にある楽譜を確認してみたところ、例によってと言うべきか3種類の楽譜に皆違いがありました。
一段目は音楽之友社の矢代秋雄編曲ランパル校訂のもの、二段目は Also出版の "300 Best Collection vol.1 40 pieces for Flute and Piano" のものです。Also出版の方は川崎優氏監修によるものですね。
もう一冊はドレミ楽譜出版社の「フルート名曲 31選」ですが、こちらは調が inF に移調されていました。
音符やアーティキュレーションについてはほぼ Also出版のものと同じですが、譜例の7小節目以降の下の段のアクセントはありません。
細かい箇所がずいぶん違うものですが、特に一段目に関しては Ma Ri i A と歌われる箇所で、Ma はアウフタクトですから上の矢代版の方がオリジナルに近いのだろうと思います。
グノーがこの曲を作曲したとき、伴奏部分の J.S.Bach の曲は一小節多い状態で使われていたことは以前取り上げました。
http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2011-10-27
グノーが書いたオリジナルの楽譜はないだろうかと少し探してみたのですが、いまのことろこれだと言えるものが見つかっていません。
あまりにも良く知られた曲で、声楽用でも何種類かの調で出ています。
調についてはハ長調のはずです。
以前全音のピアノピースで "Prelude" を参考資料として購入したので、今回も何気なくピアノピースを見てみました。

するとこんな楽譜がありました。
これがオリジナルなのでしょうか?
開いてみると4小節のイントロが確かにあるものの、左手は二分音符の連続、右手は八分音符の上行型の連続で、あの特徴的な16分音符の上行型の反復ではありません。
メロディーが始まると左手は八分音符4つの上行型が連続します。
メロディーの二小節目、小節の終りは8分音符の F でアウフタクトです。
譜例の3段目以降は Also出版のものと同じようにアクセントが付けられています。
"Prelude" と違ってこちらの楽譜にはオリジナルについての記載は何もありません。
オリジナルがどうであったのか、今後も探してみたいと思います。
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ガレ、ドームに iPad のアートフィルター [アート]

いつもの千葉そごう 9F のベルロワイヤルさんにいつもにも増して素晴らしいものが展示されています。
まずは小さいものから。
ガレの「オランダ風景文塩入れ」です。
白いガラスがとても魅力的です。


こちらはドームのランプです。
タバコ草文ランプ。
タバコとタバコ草と花タバコは皆違う植物であるらしいです。

1885年頃の「蝶文花器」です。
以上の写真は全て iPad で撮っています。
画面が大きいので見事なのですが、解像度などはコンパクトカメラには対抗できません。
しかし FinePix F300EXR でホワイトバランスを「白熱灯」にセットして撮ったときより色が自然です。





色は Photoshop で多少補正していますが、どうしても不自然さが残ります。
美術館にあってもおかしくないほどです。
こんな写真しか掲載できないのがもどかしいです。
X-Pro1 でしかるべく照明をセットしてじっくり撮ってみたいです。
iPad で撮影していてふと思いついて以前試してみた効果を使って撮ってみました。
Photo Booth の「光のトンネル」です。
どんな時に使うのだろうと思っていたのですが、こんな時に使うと面白いのですね。


使い方次第ですね。
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